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甲府地方裁判所 昭和63年(行ウ)2号 判決

山梨県南都留郡忍野村忍草七九番地

原告

大森光定

右訴訟代理人弁護士

浜口武人

山梨県大月市駒橋一丁目一〇番二号

被告

大月税務署長 大塚守男

右指定代理人

小濱浩庸

雨宮広幸

千須和和行

中川莊六

大原満

伊倉博

上岡義夫

古川敞

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が昭和六一年一〇月二九日付でした原告の昭和五九年分所得税の更正のうち課税長期譲渡所得金額二億二四〇三万九〇〇〇円、納付すべき税額六七四一万三六〇〇円を超える部分及び加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、昭和五九年中に譲渡した資産(以下「本件譲渡資産」という。)の譲渡所得の確定申告に当たり、昭和六〇年一〇月三一日に買換資産を取得して事業の用に供する見込であるとの買換え承認申請書(以下「承認申請書」という。)を被告に対し提出して、租税特別措置法(昭和六〇年法律第七号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三七条四項(特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例、以下「本件特例」という。)の適用を受けようとしたが、被告が、昭和六一年一〇月二九日付で、本件特例の適用がないとして更正(以下「本件更正」という。)及び加算税賦課決定(以下、併せて「本件処分」という。)をしたため、原告が、被告に対し、本件処分には、本件特例の適用をすべきであったにもかかわらず右適用を行わなかった違法があること及び本件特例の適用を巡る納税申告手続において被告の行為に信義誠実の原則に反し権限濫用にあたる違法があったこと等を主張して、本件処分の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件処分の経過は、別紙本件課税処分の経緯記載のとおりである。

2  原告は、昭和五九年一月一八日、原告が一〇年間以上にわたり所有していた本件譲渡資産を、代金三億七〇〇〇万円で、大森太造に売り渡した。

3  原告は、昭和六〇年三月一三日、被告に対し、同年一〇月三一日に事業用の建物(旅館及び工場各一棟)を取得する予定であるとして、本件特例の承認申請書を提出し、右譲渡価額から買換資産取得価額の見積額を控除した金額に基づいて昭和五九年分の長期譲渡所得の金額を算出し、これを基礎に申告納税額金三八五三万九〇〇〇円とする同年分所得税の確定申告書を被告に提出した。

4  原告は、右確定申告書の提出と同時に、被告に対し、右買換えについて承認申請書を提出したが、被告は、承認書を発行しなかった。

5  本件特例が適用されるためには、同法施行令二五条一八項(昭和六二年政令第三三三号による改正前のもの)により、買換資産を所得した日から四月を経過する日までに取得した買換資産に関する登記簿の謄本または抄本その他当該資産を取得した旨を証する書類(以下「取得に関する書類」という。)を所轄税務署長に提出しなければならないとされているところ、原告は、右取得に関する書類を、買換資産の取得期限である昭和六〇年一二月三一日から四月を経過する日までに提出しなかった。

6  原告が旅館と主張する建物(以下「本件建物」という。)については、昭和六一年一二月一日、別紙物件目録記載の内容で保存登記が行われた。

7  被告は、原告に対し、昭和六一年一〇月二九日付で、確定納税額を金一億一一一六万三三〇〇円に更正し、過少申告加算税金五三三万五〇〇〇円を賦課する決定を通知した。

その計算関係は以下のとおりである。

(一) 更正について

(1) 原告が、本件特例の適用を受けない場合の原告の昭和五九年分の所得金額の内容は以下のとおりである。

〈1〉 総所得金額 〇円

〈2〉 長期譲渡所得の金額(分離課税分) 三億五〇五〇万円

(2) 右金額の計算根拠は以下のとおりである。

〈1〉 収入金額 三億七〇〇〇万円

〈2〉 取得費 一八五〇万円

〈3〉 譲渡費用 〇円

〈4〉 特別控除額 一〇〇万円

〈5〉 長期譲渡所得の金額〔〈1〉-(〈2〉+〈3〉+〈4〉)〕 三億五〇五〇万円

(3) よって、原告が本件特例の適用を受けない場合の原告の昭和五九年分の長期譲渡所得の金額は、三億五〇五〇万円であり、これに伴い確定納税額は、金一億一一一六万三三〇〇円となる。

(二) 過少申告加算税賦課決定について

原告が本件更正により納付すべきこととなる税額七二六二万四三〇〇円(本件更正による確定納税額金一億一一一六万三三〇〇円から原告の申告納税額三八五三万九〇〇〇円を差し引いたもの。)を基礎として、一万円未満の端数を切り捨て、一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額三六三万一〇〇〇円と、右納付すべき税額七二六二万四三〇〇円のうち申告税額三八五三万九〇〇〇円を超える部分の金額三四〇八万円(一万円未満の端数を切り捨て)を基礎として一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額一七〇万四〇〇〇円との合計額五三三万五〇〇〇円が、原告が本件特例の適用を受けない場合の加算税額である。

二  争点

1  原告が本件特例の適用を受けるか否か

(原告の主張)

原告は、昭和五九年九月一日、本件建物の建築を開始し、昭和六〇年一二月二五日、本件建物を完成させた。本件建物は、民宿経営のため旅館として建築されたものであって、本件特例の適用を受ける事業用資産に該当し、その建築費用は金一億二五〇〇万円であった。

したがって、長期譲渡所得の金額二億二五五〇万円(金三億五〇五〇万円から右金一億二五〇〇円を控除したもの)から、各所得控除の合計額一四六万〇三六〇円を差し引いた金二億二四〇三万九〇〇〇円(一〇〇〇円未満の端数を切り捨て)を課税長期譲渡所得金額として所得税額を算出すれば、納付すべき税額は金六七四一万三六〇〇円である。

(被告の主張)

以下の理由により、原告は、本件特例の適用を受けることはできない。

(一) 原告が本件建物を取得したのは、法定期間の経過後である。

(二) 本件建物は、事業用資産に該当しない。

(三) 本件建物の取得価額を、金一億二五〇〇万円と認める根拠がない。

(四) 原告は、被告に対し、取得に関する書類を提出しなかった。

(右被告の主張に対する原告の反論)

(一) 被告の主張(二)に対して

被告は、本件建物が事業用資産に該当しないことを、原告の異議申立て及び審査請求に対する各審査当時において指摘しなかったにもかかわらず、本件訴訟において初めて本件特例不適用の理由として主張するが、右主張は行政不服審査の機会を奪うものであるから許されないと解すべきである。

また、措置法第三七条四項により準用される同条第一項によれば、買換資産取得の日から一年以内に「事業の用」に「供しない」か、一旦は供しても「供しなくなった」場合には、本件特例の適用が認められないことになっているが、被告が本件更正を行ったのは、昭和六一年一〇月二九日であるから、同六〇年一〇月二八日までに原告が本件建物を取得したという認定を前提としない限り、事業用資産でないことを本件特例不適用の理由とすることはできない。しかしながら、被告がそのような認定を行っていないことは明白であり、従って、本件建物が事業用資産に該当しないことを本件特例不適用の理由とする被告の主張は失当である。

(二) 被告の主張(四)に対して

原告は、被告に対し、取得に関する書類を、昭和六〇年一二月二五日から四月を経過する日までに提出しなかったけれども、これは、被告が、原告の買換え承認申請に対し、承認書を交付する等して、本件特例の申請手続につき説明しなかったため、やむをえなかったものであるから、原告は、本件特例の適用を受けうるものである。

2  被告が、原告による買換え承認申請に対して承認しなかったか否か、仮に承認があったとしても、被告が、原告に対し、承認書を交付しなかったことから、本件処分が、信義誠実の原則に反し、権限濫用として違法であるといえるか否か

(原告の主張)

買換え承認申請に対する承認(以下、単に「承認」という。)は、〈1〉譲渡年の翌年中の買換資産所得、〈2〉買換資産を取得した日から四月を経過する日までに取得に関する書類を所轄税務署長に提出すること、〈3〉買換資産所得の日から一年以内の事業のための使用開始の三点を申告者が実行しないことを解除条件とする本件特例適用の意思表示であって、準法律行為的行政行為としての確認に準ずるものと解すべきである。そして、被告は、原告の買換え承認申請に対して承認しなかった。また、仮に承認があったとしても被告が承認書の交付を怠ったため、原告は、右承認に付される〈1〉ないし〈3〉の条件を知ることができなかった。そして、原告が取得した買換資産は承認申請の際の見積額よりも低額であったから、原告は、承認書の交付・送達を受けていれば、承認書の注の記により、取得日から四月以内に修正申告う行うべき定めであることを知りえた筈であるのに、被告が承認書の交付を怠り、これを知ることができなかったため買換資産の取得に関する書類を添付して修正申告を行う機会を逸してしまった。したがって、本件処分は信義誠実の原則に反し権限濫用として違法である。

(被告の主張)

被告は、原告による買換え承認申請に対し、承認を行った。右承認は買換え予定資産の取得予定年月日及びその取得価額の見積額についての承認であり、右見積額に基づき措置法三七条一項に規定する方法による譲渡資産の所得計算を認めることにあるに過ぎず、確定するといった性質ものではない。右承認の方式については法の規定がないから、被告が、原告に対し、承認書を交付しなかったことは、違法ではない。被告が、本件特例の適用を選択した納税者に対し、事後の手続を教示しなければならないとした法令の定めはなく、原告に教示しなかったことは違法とはいえない。

3  本件処分が、大月税務署署員の原告に対する敵意反感に基づく報復であって、権限濫用として違法であるか否か

4  加算税賦課決定について

被告が、原告に対し、信義に反する対応をし、原告に修正申告の機会を与えなかった事実があるか否か、又、右事実が認められる場合に、右事実が、国税通則法六五条四項に定める正当の理由に当たり、加算税賦課決定が違法となるか否か

(原告の主張)

被告は、原告の買換え承認申請に対し、承認及び事後手続の教示を行わず、大月税務署員は適正な調査を行うことなく、一方的に原告に対し、税金を一〇〇〇万円減額するので税務署の言うとおりに納税した方がよい旨、不当な内容の修正申告を要求し、原告がこれを拒否すると本件処分を行った。こうした被告側の不当な行為により、原告は、国税通則法一九条一項に基づく修正申告の機会を奪われたものであるから、原告には、国税通則法六五条四項に定める正当の理由がある。

(被告の主張)

大月税務署署員において、原告に対し、修正申告を慫慂したことはあったが、不当ないし信義に反する対応をしてはいない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  原告は、昭和六〇年月日一二月二五日本件建物を取得した旨主張し、これに副う証拠(甲七、八の一及び二、九の一ないし六、一〇の一及び二、一一の一及び二、一二、一四、二二、二三の一ないし二七、二四、三〇、三一、証人大森及び同長田)も存在するが、本件建物の取得時期に関する右各書証の記載内容及び各証人の証言は、争いのない事実(昭和六一年月日一二月一日本件建物の保存登記がなされたこと)及び当裁判所に顕著な事実(消費税法が昭和六三年月日一二月三〇日法律第一〇八号として交付施行され、平成元年四月一日以後に行う資産の譲渡等に適用されたこと)並びに反対証拠(甲一八、乙三の一ないし五、四の一ないし六、一一、一四ないし一七)の記載内容に照らして、たやすく信用することができず、他に原告が買換資産の取得期限である昭和六〇年月日一二月三一日までに本件建物を取得したことを認めるに足りる証拠はない。

2  右1によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告が本件特例の適用を受けることができないことは明らかというべきである。

二  争点2について

証拠(甲四の一、五、証人大森)及び弁論の全趣旨によれば、原告は税理士を介して本件特例の適用を内容とする昭和五九年分所得税の確定申告書及び承認申請書を被告に対し提出し、被告はこれらを受理し、爾後承認がないことを窺わせる事情もないことが認められ、右認定事実によれば、被告は承認をなしたものと推認することができる。

税務署長たる被告が、証人に当たり、承認書を交付したり、事後の手続を教示することまでの義務を法令上課せられているものではなく、また、本件では、信義則上被告に右のような義務を課すべき特段の事情も何ら見い出せないので、原告の主張は採用できない。

三  争点3について

証人大森は、大月税務署署員が、本件譲渡資産を原告から譲り受けた大森太造らによる大規模な脱税事件を見逃し、右脱税事件を東京国税局に摘発されて立場を失ったことから、事情に通じていた原告らが右脱税事件発覚の端緒を作ったのではないかと疑って、原告に敵意反感を抱き、適正な調査を行うことなく、一方的に原告に対し、税金を一〇〇〇万円減額するので税務署の言うとおりに納税した方が良い旨、不当な内容の修正申告を要求し、原告がこれを拒否すると本件処分を行った旨証言し、同証言及び弁論の全趣旨によれば、本件譲渡資産を原告から譲り受けた大森太造らによる大規模な脱税事件が東京国税局に摘発されたこと及び大月税務署署員が原告に対し、事実を調査した上、修正申告を勧告したことが認められる。

しかし、前記第三の一のとおり、原告が本件特例の適用を受けるものということができず、大月税務署署員が原告に対し、事実を調査した上、修正申告を勧告するのは正当な業務行為であるというべきであって、右証言は、同証人の推測に基づくものであり、合理的な説明ないし裏付けとなる根拠を示すことができず、曖昧であることに照らして、採用することができない。そして、他に本件処分が原告に対する敵意反感に基づく報復であることを認めるに足りる証拠はない。

四  争点について

原告は、被告側の不当な行為により修正申告の機会を奪われた旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、本件処分に先立ち、大月税務署署員が事実を調査した上、原告に対し、修正申告の勧告をしたことが認められるから、原告には修正申告の機会があったというべきであって、本件全証拠によるも、被告が原告に対して修正申告の機会を与えなかった事実を認めることができない。

したがって、原告には国税通則法六五条四項に定める正当の理由がある旨の原告の主張は理由がない。

五  結論

以上によれば、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 生田瑞穂 裁判官 久保雅文 裁判官 西崎健児)

物件目録

所在   山梨県南都留郡忍野村忍草字宿屋敷七七番地

家屋番号 七七番

種類   旅館

構造   木造銅板葺二階建

床面積  一階 二三三・二三平方メートル

二階  七八・六八平方メートル

本件課税処分の経緯

〈省略〉

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